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藤井敏明元裁判官・「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」について

執筆者の写真: 弁護士秋田真志弁護士秋田真志

 元裁判官(東京高裁部総括判事で退官)で、現在日本大学法科大学院の専任教員を務めておられる藤井敏明教授から、「『罪証を隠滅するに疑うに足りる相当な理由』について」(同大学院「法務研究」22号21頁。以下「藤井論文」)の抜き刷りを送っていただいた。藤井論文は、筆者が刑事弁護団及び国賠訴訟の代理人として関与しているプレサンス元社長冤罪事件と、大川原化工機事件において保釈が長期間認められず、深刻な人権侵害に至ったことについて、「冒頭の二つの冤罪事件で保釈請求を却下した裁判体に自分が入っていたとしても全くおかしくないと感じる」と率直に述べられつつ、「その反省の上に立」ち、「我が国の保釈の制度、運用において、なぜ前述のようなことが起こるのかを考え、これを改善する方向を探ろうとするもの」として執筆されたものだという。筆者は、藤井教授と従前面識があったわけではないが、藤井教授は、両事件の弁護人に抜き刷りを送られたようで、プレサンス元社長冤罪事件弁護団の一人である筆者にも参考送付されたという。


 実際、プレサンス元社長冤罪事件において山岸忍氏を248日間にもわたって身体拘束した主体は、検察官ではなく裁判官である。5回にわたる保釈請求を却下し続けた裁判所の判断は、実際の取引について無知としか言いようのない特捜部検事たちの主張を追認したものであった。その結果、大川原化工機事件も含めて、日本の経済界に刑事司法に対する根深い不信を植え付けたものと言わざるを得ない(「人質司法」などと批判されるのも無理はない)。裁判官の責任は重大であり、「反省」こそが強く求められるであろう。すでに現職を退官された後とは言え、最高裁調査官や司法研修所の上席教官など歴任され、退官前には東京高裁部総括判事として、著名判決にもかかわられた藤井教授が、「反省」を前提に、保釈の制度、運用を「改善する方向」を探ろうとされることの意義はきわめて大きいというべきであろう(ちなみに、プレサンス元社長冤罪事件の国賠訴訟における国の主張[実質は検察庁の主張]を見れば、検察庁には何らの反省もないことが露呈していると言わざるを得ない)。


 藤井論文は、権利保釈の除外事由として規定される「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」(刑訴法89条4号)の従前の解釈や運用について、過去の判例やコンメンタール(特に改訂を重ね、実務家が参照することの多い「条解刑事訴訟法」弘文堂)、多くの論文を参照して考察を重ねた力作であり、筆者が論評めいたことをすることはおこがましいのひと言である。ただ、長年にわたり刑事弁護に携わり、山岸氏からは長期の身体拘束による被害と無念の思いを直接聞いてきた立場から、筆者が雑ぱくながら、感想を述べさせていただくことも許されるであろう。


 とにかく筆者が、藤井論文に強く同感したのは、以下の指摘である。


「被告人を釈放すると、検察官調書の原供述者に不当な働きかけをする可能性があり、その結果、働きかけを受けた者が、公判廷において虚偽の証言を行う可能性があり、そうすると、裁判官が相対的特信状況の判断を誤って終局的判断が誤ったものとなる可能性がある、という多段階にわたる因果の系列において、それぞれの『可能性』がはたして高いものとといえるだろうか。それぞれの乏しい可能性を掛け合わせていった結果、釈放された被告人による罪証を隠滅する行為によって終局的判断が誤ったものとなる可能性がどれほどあるというのだろうか」


 筆者は、刑事弁護人として、依頼者の保釈をなかなか勝ち取ることができず、悔しい思いを重ねてきたが、そのたびに感じたのは、まさに上記の指摘である。「一体、裁判官は何を怖れているのか。釈放された被告人の働きかけで誤った無罪を出したという経験がどれだけあるのか」という思いであった。保釈された依頼者の多くは、何より保釈条件を非常に気にかけているし、実際に証人に働きかけなどすれば、たちまちに露見するのが通常である。ごく例外的な場合を除いて、保釈されたからと言って、証人に虚偽供述をさせるなどの実効的な働きかけなどまず不可能だというのが弁護人としての実感である。現に、筆者は、依頼者が保釈中に、条件に反して証人に働きかけた例の経験などない。余談となるが、某超大国の現大統領は、それこそ「被告人として働きかけ」が十分にできる立場であり、現に陪審に不当な影響を与えかねないような発言もしたようであるが、40を超える訴因が全て有罪となっている。


 プレサンス元社長冤罪事件がその典型であるが、むしろ、検察官こそが密室を利用して、重要証人となる共犯者に「働きかけ」を行い、その供述を歪めているのが実情である。捜査段階の検察官調書作成時だけでない。検察官は、検察側証人の証言直前にも、詳細な証人テストを行い、その証言を見立てに沿うように固めている。裁判官は、証拠を歪める元凶が被告人の釈放ではなく、密室における検察官の振るまいであることに、より意を払うべきである。


 いずれにしても、藤井論文によれば、従来の刑訴法89条4号「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」の解釈・運用(藤井論文は条解刑事訴訟法[第4版]の記述を引用する)は、「公判審理が紛糾するおそれ」があれば、「罪証隠滅の実効性があるものと判断する」ことになってしまっているという。そうだとすれば「終局判断に不当な影響を及ぼすおそれの有無の判断や、罪証隠滅のおそれが減少したとされる場合の例示となると、被告人を保釈することについてかなり消極的ないし慎重である」というほかない。藤井論文は、慎重な言い回しながら、そのような解釈運用は、憲法34条が定める「人身の自由」の保障と整合せず、比例原則にも反していることを示唆している。その藤井論文の趣旨が、保釈に関わる現職の全ての裁判官によって参照され、保釈の消極方向に硬直した刑訴法89条4号の解釈・運用の改善につながることを期待したい(かつて、裁判員裁判の施行を目前に現職であった松本芳希裁判官が発表した「裁判員裁判と保釈の運用について」[ジュリスト1312号128頁]は、保釈実務に大きな影響を及ぼした。もっとも、松本論文には、逆に弁護人が証拠意見と予定主張の明示をしなければ、保釈されないかのようなステレオタイプな判断につながっていないかという懸念もある)。


 なお藤井論文は、刑訴法321条1項2号後段書面(検察官調書)について、参考人の取調べを可視化できることも念頭におきながら、「そのような手段(取調べの可視化)もあるにもかかわらず、相反供述が生じた法廷において、なお相対的特信状況が立証できないような事案であれば、検察官調書の証拠能力を否定しした上で行われた終局的判断は正しいものというべきであり、被告人の不当な働きかけを受けた結果、終局的判断が誤ったということにはならないであろう」とする。これもきわめて興味深い指摘である。弁護人の立場としては、検察官調書は、プレサンス元社長冤罪事件や大川原化工機事件のように、特に組織的とされる事案において、冤罪を生む諸悪の根源である。その意味では、より進んで刑訴法321条1項2号後段の廃止を求めたいところである。もとより、それはあくまで弁護サイドからの立法論であり、今回の藤井論文の射程外であることも当然である。しかし、藤井論文が示した参考人の取調べ可視化と特信状況の判断をリンクさせる解釈論は、今後の実務においても、十分に参照され、活かされていくべきであろう。

  

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