刑事弁護人がドラマ「エルピス」を観てみた
前置き
弊所内でも話題になっていた「エルピス —希望、あるいは災い—」を年始に一気見しましたので、刑事弁護人として、冤罪研究の視点から解説や感想を書こうと思いました。
法律家が漫画やドラマの解説や感想を書いてどうするんだ、と感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、例えば海外の冤罪に関する学術的書籍では、しばしばNetflixの”Making a Murderer”(全米で大反響を起こした冤罪ドキュメンタリー)がよく言及されたりします。
思うに、冤罪を防ぎたいという想いは法律家もそれ以外の人も同じであり、その共通目標を実現するために法律家ができる協力や発信があるのではないかというところから、本稿を書こうと思い至りました。
一人でも「エルピス」や冤罪に関心をもっていただければ私としても嬉しいです。
あらすじ
大洋テレビのアナウンサー・浅川恵那(長澤まさみ)は、かつてゴールデンタイムのニュース番組でサブキャスターを務め、人気、実力ともに兼ね備えた女子アナだったが、週刊誌に路上キスを撮られて番組を降板。現在は、社内で“制作者の墓場”とやゆされる深夜の情報番組『フライデーボンボン』でコーナーMCを担当している。そんなある日、番組で芸能ニュースを担当する新米ディレクターの岸本拓朗(眞栄田郷敦)に呼び止められた恵那は、ある連続殺人事件の犯人とされる死刑囚が、実は冤罪かもしれないと相談される。
両親が弁護士という裕福な家庭で育った拓朗は、持ち前のルックスも手伝って、仕事の実力とは裏腹に自己評価が高く、空気が読めない男。とある理由で報道、ましてや冤罪事件とはもう関わりたくないと思っている恵那の気持ちなどお構いなしに、事件の真相を追うために力を貸してほしいと頭を下げる。しかし、拓朗がそこまで躍起になるのには、ある事情があって…。
拓朗によれば、冤罪疑惑はある有力筋から得た情報だという。だが、かつて自分が報道したこともある事件だけに、にわかには信じられない恵那。そのうえ事件が起きたのは10年近くも前で、犯人とされた男の死刑もすでに確定している。恵那は、すでに風化した事件を掘り起こすことは得策ではないと一蹴するが、それでも拓朗は懲りずに、新入社員時代の指導担当で報道局のエース記者・斎藤正一(鈴木亮平)を頼る。そして、事件当時の話を一緒に聞きに行こうと無邪気に恵那を誘うが…。
公式HP「第1話あらすじ」より引用
解説
※本投稿では、「エルピス」1~2話のあらすじに触れることはありますが、基本的にはネタバレをせず、これから「エルピス」を見られる人にも安心して読んでいただける内容になっております。また、法律家の方にもそれ以外の方にも読んでいただけるような内容になっております。
冤罪を伝えるということ
冤罪を法律家以外の人に伝えることはとても難しいです。
エルピスの脚本を書かれた渡辺あやさんもこのように話しています。
問題の伝え方や口調にはいろいろあると思いますが、「悲劇」とか「同情を買う」とかはどうも効率が悪い。もともと強い問題意識を持った人にしか届かない。
冤罪被害のことを話していても、どうしても「自分とは関係ないもの」として見られてしまいがちです。
この点について、私は刑事弁護教官である神山啓史さんの語り方が素晴らしいと感じており、それを一部使わせていただいた表現がこちらになります。
しかし、言語表現には限界もあります。この点を超える可能性として考えられるのが映像表現です。エルピスは、本当に上手いと感じました。
「真犯人は野放しになっている」——、拓朗(眞栄田郷敦)の言葉がまるで何かの合図だったかのように、行方不明になっていた中学2年生の女子生徒が遺体で発見される。首には、かつて世間を騒がせた連続殺人事件の被害者と同じく絞められた痕があり、遺体発見現場も同じ神奈川県八頭尾山の山中。これは偶然か、それとも——。
公式HP「第2話あらすじ」より引用
まさに真犯人が自分たちの近くにいるかもしれない、そう感じた瞬間、みんな背筋が凍るわけですね。
ぜひ冤罪の恐ろしさを誰かに伝える際に参考にしてほしいドラマです。
題材となった事件
エンディングに参考文献が掲載されていますが、実際の冤罪事件である足利事件が題材とされています。
足利事件(あしかがじけん)とは、1990年(平成2年)5月12日、栃木県足利市にあるパチンコ店の駐車場から女児が行方不明になり、翌13日朝、近くの渡良瀬川の河川敷で、女児の遺体が発見された、殺人・死体遺棄事件。事件翌年の1991年(平成3年)、事件と無関係だった菅家 利和(すがや としかず)が、被疑者として逮捕・被告人として起訴された。
菅家利和は、刑事裁判で有罪(無期懲役刑)が確定し、服役していたが、遺留物のDNA型が、2009年(平成21年)5月の再鑑定の結果、彼のものと一致しないことが判明し、彼は無実の冤罪被害者だったことが明らかとなった。服役中だった菅家利和はただちに釈放され、その後の再審で無罪が確定した。
菅家利和の無罪が確定するまでの間、長らく日本弁護士連合会が再審を支援していた。また、この事件は真犯人が検挙されず、公訴時効が完成した未解決事件でもある。
当事件を含めて、足利市内を流れる渡良瀬川周辺で遺体が発見された3事件は足利連続幼女誘拐殺人事件とされている。当事件捜査に関する後年の調査報道などマスコミメディアがその事件捜査のあり方に注目し、調査報道の中で事件捜査初期に事件現場での真犯人目撃の情報を警察が把握していた事実や経緯も判明している。
(足利事件のWikipediaより引用)
当然、あくまで題材なのでドラマとして様々な脚色があり、足利事件とは冤罪の構造が異なっています。