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執筆者の写真弁護士秋田真志

乳児親子分離をめぐる深刻な状況ー内因についての無理解


SBS検証プロジェクトのブログでも改めて報告する予定であるが、SBS検証プロジェクトに、全国から不当な親子分離をされたという訴えが相次いでいる。2023年だけで12件の訴えが届いている。痙攣を起こすなどして受診した赤ちゃんの頭蓋内に出血(硬膜下血腫)が認められたことから一時保護されてしまい、面会まで制限されているという例が多い。その保護者のほとんどが、揺さぶりはもちろん、それ以外の外力についても思い当たるところがない、と述べる。

しかし、保護者がいくら身に覚えがないと訴えても、赤ちゃんに硬膜下血腫が認められる以上、虐待の疑いが強いとして、有無を言わせず、親子分離されるだけでなく、警察への通報までされてしまうのである。その思考は、赤ちゃんの硬膜下血腫=外力=虐待と一直線である(その一端については2023年8月18日の日弁連のシンポジウムで報告予定である)。

検証プロジェクトでは、うち5件についての医療データ、CT画像等を乳幼児の頭蓋内出血に詳しい協力医(脳神経外科)に送って鑑定を求めたところ、驚くべき事実があきらかとなった。いずれにもクモ膜下腔拡大、血性硬膜下水腫が認められ、内因による出血の疑いが濃厚であることが判明したのである。良性外水頭症(Benign External Hydrocephalus=BEH)やクモ膜下腔拡大(Benign Enlargement of Subarachnoid Space=BESS)は、大脳の周囲に脊髄液が貯留する症状であるが、成人に比べて脊髄液の排出がしにくい乳児では決して珍しい症状ではないという(多くは自然に治癒する)。BEHやBESSがあると架橋静脈の伸展やクモ膜の破綻によって、硬膜下出血、血性硬膜下水腫などの頭蓋内出血に至りやすいとされる。頭蓋内出血は、非常に軽微な外力でも生じるし、外力がなくとも自然発生的に発症するリスクもあるという。ノルウェーではKnut Wester医師がBEHによる頭蓋内出血の問題に取り組んだ。そして、揺さぶりによる虐待と疑われて裁判となっていた2例(1件は刑事裁判、もう1件は親子分離に関する行政裁判)について、Wester医師が証言した結果、刑事裁判は控訴審で逆転無罪、行政裁判では親子再統合が実現した(Wester K, Two Infant Boys Misdiagnosed as “Shaken Baby” and Their Twin Sisters: A Cautionary Tale Pediatric Neurology, https://doi.org/10.1016/j.pediatrneurol.2019.02.024 「”乳児揺さぶり”と誤診された2乳児とその双子の妹ー反面教師として」)。

そのような症例で、児童相談所に通報する医師は、CT上で脳の周囲に黒く映る部分(低吸収域)を外力による慢性硬膜下血腫と誤診していることが多いようである。確かに慢性硬膜下血腫は、CT上は脳より黒っぽく映るためにそのように誤診されがちなのであるが、その誤診は、度重なる外力=誤った虐待認定にもつながりやすく、保護者にとって深刻な事態となりかねない。そして、一度「虐待疑い」を生じると、児童相談所は、なかなかその評価を改めようとせず、親子分離の長期化が常態化するのである。同様の誤診例は、フランスでも問題となり、無罪判決が言い渡されている(フランスの無罪判決についての解説はこちら)。

厚労省が2013年にまとめた「子ども虐待対応の手引き」では、「出血傾向のある疾患や一部の代謝性疾患や明らかな交通事故を除き、90cm以下からの転落や転倒で硬膜下出血が起きることは殆どないと言われている。したがって、家庭内の転倒・転落を主訴にしたり、受傷機転不明で硬膜下血腫を負った乳幼児が受診した場合は、必ずSBSを第一に考えなければならない」などとする。とんでもない記述である。これでは、あたかも「出血傾向のある疾患や一部の代謝性疾患」さえ除外できれば、他の内因は考えなくても良いように思えてしまう上、揺さぶりと推定できることになってしまう。実際、児童相談所による親子分離は、硬膜下血腫があれば、内因はほとんど考慮されず、「とにかく虐待(揺さぶり)疑い」として、冒頭で述べたような実務運用に至っているのである(なお刑事事件では、内因を虐待と誤診され無罪となった例として、山内事件篠原事件赤阪事件がある)。

もっとも、児童相談所だけの問題とはいえない。もともとSBS/AHT仮説を主導した小児科医らは、脳神経外科医にとってはよく知られていた中村Ⅰ型(ソファーからの低位落下やつかまり立ちからの転倒によっていわゆるSBSの三徴候が生じる症例)についてほとんど知らず、誤った虐待認定が繰り返された。このような低位落下・転倒による三徴候の発症のリスクについては、少しずつ認識が拡がり始めている。拡がりつつあるとは言え、今なお多くの医師や児相関係者が単純にSBS仮説を鵜呑みにしており、低位落下・転倒のリスクについての認識共有は不十分といわざるを得ない。さらにBEH、BESSなど内因による硬膜下血腫についての認識は、多くの脳神経外科医も含めて、より不十分であるとしか思えない。BEH、BESSだけでなく、静脈や静脈洞の血栓症、頭蓋内圧や中心静脈圧の亢進、感染症、低酸素や再灌流障害、先天的な血管奇形、クモ膜嚢胞、クモ膜、硬膜内血管叢、硬膜境界細胞層の破綻などの多くの内因(自然発症or+軽微な外力)が頭蓋内出血(硬膜下出血、硬膜下水腫、硬膜下液貯留、クモ膜下出血)の原因となることが指摘されているが(パトリック D バーンズ「非事故損傷と類似病態:根拠に基づく医学[エビデンス・ベースト・メディシン]時代における問題点と論争」吉田謙一訳・龍谷法学52巻1号301頁)、そのリスクが共有されているようには見えないのである。

以上のような内因のリスクを指摘すると、決まって出てくるのが、「乳児に内因による頭蓋内出血など滅多にない」という「反論」である。しかし、これは確率論の基本を誤っているというほかない。確率がどんなに低くても、内因による頭蓋内出血が生じる可能性がある以上、1年間に約80万人の新生児が生まれる日本のどこかでは、必ず内因による頭蓋内出血は生じることになる。集団全体にとって発生率は低くても、現に発生した人にとってはその確率は1分の1である。そもそも「確率」がどの程度かは明らかになっていない。従来は「内因」についての認識が十分でなかったこともあり、内因による発症が虐待(外力)と誤診され、発症率が実際より低く見積もられてきた可能性も高い。いずれにしても、「滅多にない」から「内因ではなく虐待」だと認定されるのであれば、「稀に発症する内因による頭蓋内出血」はすべて虐待となってしまう。行き着く先は「循環論法」による虐待認定である。

また、「内因による出血は微量にとどまり、虐待の場合とは異なる」と言った議論も聞かれる。確かに内因による場合には微量の出血にとどまる場合も多いようである。しかし、内因による頭蓋内出血が相当量に及んだ例も報告されており、内因の場合には出血が微量にとどまるというエビデンスがあるわけではない。他方で、内因であることが強く示唆される微量の出血であるにもかかわらず、頭蓋内出血であることのみを強調し、「虐待疑い」=親子分離とされる例も多い。要するに頭蓋内出血の所見のみからは、外力か内因かを区別することはできないのである(さらに外力の場合でもその出血を事故か虐待かを区別することはできない)。少なくとも頭蓋内出血の原因を軽々に外力(虐待)であると決めつけてはならない。

いずれにしても、内因による頭蓋内出血のリスクを見直すべきときに来ている。なかでも厚労省の「子ども虐待対応の手引き」の記述は論外である。SBS/AHTによる虐待論を主導する立場からは、虐待疑いによる積極的な親子分離が「チャイルドファースト」であるかのような主張がなされること多いが、誤った親子分離は、決して「チャイルドファースト」ではなく、形を変えた「虐待」ともいえることを心すべきであろう。

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