人質司法の実態――黙秘を破ろうとする勾留延長との闘い
2020年1月9日、森雅子法務大臣(当時)は、カルロス・ゴーン氏の会見直後に急遽、臨時記者会見を開いた。日本の刑事司法制度への批判に対し、「『人質司法』であるとの批判がなされましたが、…我が国の刑事司法制度は、個人の基本的人権を保障しつつ、事案の真相を明らかにするために、適正な手続を定めて適正に運用されているもので…批判は当たらない」と反論した。(「法務大臣臨時記者会見の概要(2)」)。法務省は同月20日以降、公式サイトで人質司法との批判に反論している(「我が国の刑事司法について,国内外からの様々なご指摘やご疑問にお答えします。」)。
被告人が堂々と無罪を証明すべき、との“言い間違い”はさておき、法務省の反論の肝は、捜査機関から独立した裁判官・裁判所が法の定める厳格な要件・手続に基づいて勾留の要否を判断しており、法務省の定義による人質司法――被疑者・被告人が否認又は黙秘している限り、長期間勾留し、保釈を容易に認めないことにより、自白を迫る――との批判は当たらない、というものだ。ほんとうか?
私は被疑者に取調べへの黙秘を勧める。「あなたを犯人と決めつけて逮捕し、自白させようとする取調官に、あなたの言い分をゆだねられるか?」と問うと、多くの被疑者は納得して黙秘する。取調べの冒頭で黙秘を告げ、以後は無言を貫く。雑談の誘いにも乗らない。取調官は何気ない会話をきっかけに口を割らせ、自白を引き出そうとするからだ。黙秘する被疑者に対する取調官の常套句は「黙秘権はある。しかし、説明する義務はあるのと違うか?」。ちょっと、何を言っているのかわからない。
やがて被疑者に勾留期間の延長が告げられる。
被疑者勾留は本来、最長10日間である。検察官は原則として10日間で起訴するか、釈放するか決めねばならない。裁判官がやむを得ない事由があると認めた場合のみ、例外的に勾留期間を延長できるに過ぎない。ところが、実態は原則と例外が逆転している。勾留延長請求が却下されるのは稀である。
取調べに対して包括的に黙秘していても、「被疑者取調べ未了」を理由とする勾留延長がまかりとおる。勾留状の延長理由の欄には、裁判所に備付けのゴム印で「被疑者取調べ未了」と押してある。
被疑者が一切の取調べに黙秘する意思を示したら、取調べは終わりのはずである。そうでなければ黙秘権保障の意味がない。にもかかわらず、「被疑者取調べ未了」を理由に身体拘束期間を延ばすのは、まさに「被疑者・被告人が否認又は黙秘している限り、長期間勾留し、保釈を容易に認めないことにより、自白を迫る」ことである。
勾留延長決定に対する準抗告では、黙秘する被疑者に対し、取調べ未了を理由に勾留を延長するのは黙秘権侵害であり人質司法の助長だと指摘する。私なりの人質司法との闘いである。いくつかの準抗告審は“なお書き”の限度で反応した(が、勾留延長は追認した)。
なお、原裁判は、被疑者及び共犯者の取調べ未了を勾留期間延長の理由として挙げるが、同人らが一貫して黙秘の態度を明らかにしていることに照らせば、この点は適切ではない(令和2年6月、大阪地裁第9刑事部)
被疑者の供述状況に照らすと、被疑者取調べ未了自体を勾留期間延長理由とすべきではない(令和2年11月、神戸地裁第2刑事部)
ある準抗告審はこう述べた。
なお、弁護人は、被疑者が黙秘権を行使する姿勢を明らかにしているのに、被疑者の取調べ未了を理由とする勾留延長を認めることは黙秘権の侵害となる旨主張するが、原裁判がこれのみを理由としてやむを得ない事由があると判断したものではない(令和3年12月、大阪地裁第13刑事部)
被疑者取調べ未了を理由に挙げること自体、許されないと指摘しているのだが。
しかし、多くの準抗告審は黙秘権侵害の指摘を聞き流す。たとえ黙秘していても被害者の聴取や共犯被疑者の取調べなど、並行するほかの捜査結果を踏まえて適正な処分を決めるには改めて被疑者を取り調べることが必要、と正当化する。黙秘する被疑者に対し、さらなる証拠を突き付けて自白するよう説得する機会を捜査機関に保障すべきということか。裁判所があらかじめ検察官の勾留延長請求に備えて「被疑者取調べ未了」なるゴム印をつくってい
るのも、取調べ目的の被疑者勾留を事実上認めていることの現れといえよう。
少なくない裁判官が、黙秘を直接の理由に勾留を延長し、保釈請求を却下するわけではないから黙秘権侵害には当たらない、という。黙秘されると被疑事実・公訴事実を争うのか否か、具体的にどう争うか不明のため、罪証隠滅の範囲を広く想定せざるを得ず、結果として勾留延長、接見禁止、保釈不許可となる、という。黙秘の反射的効果としての身体拘束、接見禁止? 詭弁である。
黙秘する被疑者に対し、取調べ未了を理由とする勾留延長は許されない。黙秘に対する不利益処分だからである。こんなシンプルな理念が浸透しないあたり、我が国の刑事司法制度は未だ適正には程遠い。
黙秘の勧めと、勾留延長に対する準抗告を、愚直に重ねようと思う。
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